3・1ビキニデー

3・1ビキニデーに参加して             2019年春 臼杵市 伊東俊義

3月1日 ビキニデーの日に焼津港を歩く。64年前にビキニ沖で被ばくした伯父 高木兼重が歩いたであろう、この港を歩むとマグロ船などが多数みられる。伯父は被ばくし、着岸した港近くのお風呂場ってどこだろう・・・など想像しながら ゆっくり歩いた。。

やがて焼津市の港の先にある弘徳院に到着する。お寺の前で墓前祭が催されていた。久保山愛吉さんの墓前に献花し、「原水爆の犠牲者は わたしを最後にしてほしい 久保山愛吉」の横断幕を後して海岸へと歩む。

海を見ていると和む、この海はビキニ沖や故郷保戸島の港までつながっているんだ・・・小さな波立つ海岸を眺めている。

風化している運動

あれから64年、ビキニ沖で被ばくした漁師は年々亡くなっていくが、世界には核兵器は多数存在し、なくならない。多くの人々が歴史を忘れ、直視することをやめたなら再び惨劇が起こるかもしれない・・・

原水禁の大会はそれなりに盛り上がっているのでしょうが ビキニ被ばく第五福竜丸の事件とはかけ離れた内容のイベントばかり・・・沖縄の辺野古埋め立て問題など確かに今現在、多くの沖縄の人が苦しみ悩んでいる問題などの訴えが悪いとは言わない、娯楽を交えた様々な行事が盛りだくさんあるが ビキニ被ばく第五福竜丸の心がない・・・

せめて会場で黙とうでもいい、被ばくして亡くなった第五福竜丸の船員の人たちに哀悼の意を表す行事ぐらいあってもいいだろうに・・・一人会場で嘆いている。
全体集会で発言を申し入れたが、事前受付の段階で断られた・・・伯父・高木兼重の肉声の証言テープの存在の披露もできなかったのは残念でなりません。

平和を求める運動とは

伯父高木兼重はビキニ沖で被ばく、その一番下の妹(母の妹でもある)は終戦まじかの1945年7月25日に島の小学校に爆弾が落とされ死亡(小学5年生)、同じく父の妹は一命は取りとめたもの70年近くの闘病生活・・・アメリカ軍が憎
いとか敵をとるなどと思っても負の連鎖しかない。その悔しい思いを平和への情熱に変えていくしかない、世界の人々と共に生き、助け合っていく努力をすることが大事だと思います。

安藤三郎さんの娘

津久見の市民会館で「第五福竜丸」テーマとする講習会が開催されるなか安藤三郎の娘さんが被ばく二世と言った。
わたしは友達の妹でもあるので ずっと喋ることなく、伯父の悲劇も触れることなく、無言の年月を繰り返していた。安藤さんはどんなに悲しい気持ちで娘に事実を告げただろうか? 娘さんはどんな悲しい思いで聞いたであろう安藤さんは悲しみ、苦しみながら生きていったであろうか?
被ばくとはともて苦しく・恐ろしいく悲しみを一生背負っていくことなのだろう・・・

プラカード持って移

3月1日夕方、静岡市内の原水協の集会があるというので開催される会場までプラカード持って移動。
どうやら組合の動員で占められている会場には一般市民らしき者は私一人みたい。ここも寂しい状況です。
救いは高校生の平和大使の女子高校二人の訴えとその活動発表。内容は3・1ビキニデーでなく長崎の被爆者の訴えをアピールするもの。若い世代が「被爆の語り」を継承する活躍に期待したいと思います。

原水協は多くの動員をし、楽しいイベント企画をしてくれました。 原水禁もそれなりに組合員の動員で3・1を訴える活動をしました。しかし、そこには一般市民の姿が見えない・・・もっと動員された人々でなく もっと一般市民にアピールする運動とし、一般市民が気軽に参加できるイベントなれば 平和運動の広がりがあったかもしれません。
一般市民を忘れたイベント、両組織とも同じ感じでは なんなんだろう? 残念でなりません。衰退し、後退していく平和団体の姿は残念でなりません。

被団協で活動

被ばく者でなくとも活動しようと思った。広島・長崎の被爆者でなくとも語り継ぐ活動をするとか、そのお手伝いぐらいならできるかもしれない。広島・長崎の被爆者と共にビキニ被ばくも語り継ぐ運動が展開できればと願っております。

今取り組んでいることはビキニ被ばくの第五福竜丸船員・伯父 高木兼重の証言を基にした漫画本作成です。
1983年7月12日には朝日新聞記者によるビキニ被ばくの実体験の音声記録があります。
また被ばく後の写真などが多少あり、それらで後世に訴えるものを作りたい。

臼杵市内在住の元小学校教師の漫画本の作家と取り組んでいます。完成したら小学校などに配布し、子どもたちに読んでもらい、平和学習の1つの教材となれたらいいなと思います。

伯父高木兼重は1989年12月8日(被ばく後35年)66歳で原発性・肝臓がんを患い亡くなりました。生前は津久見市内の小学校で平和授業を何回かしていました。今の私はその伯父の亡くなった歳と同じです。せめて今の子どもたちに平和な世界が続きますように願いながら活動していきたいと思います。